第七十六號海防艦の艦歴
年 月 日:艦歴
19.08.01:起工、仮称艦名:第2738號艦
19.09.01:命名:達第288号:「第七十六號海防艦」
19.09.01:類別等級制定:内令第1016号:種別:海防艦、類別:海防艦、艦型:第二號型
19.09.01:本籍仮定:内令第1019号:横須賀鎮守府
19.11.18:進水
19.11.25:艤装員長:海軍大尉 澁谷 政光
19.11.29:艤装員事務所を飽ノ浦監督官事務所内に設置し事務を開始
19.12.23:竣工、艤装員事務所を撤去
19.12.23:本籍:内令第1378号:横須賀鎮守府、役務:警備海防艦
19.12.23:海防艦長:海軍大尉 澁谷 政光
19.12.23:戦時編制:呉鎮守府部隊呉防備戦隊
20.02.02:清水搭載
20.02.04:佐伯〜
〜02.04 出動訓練(速力試験)〜
〜02.05 出動訓練(速力試験)〜
〜02.06 出動訓練(教練対空戦闘、教練水上戦闘、照射訓練)〜
〜02.07 出動訓練(教練爆雷戦)〜
〜02.08 出動訓練(爆雷投射訓練、教練水上戦闘)〜
〜02.08佐伯
20.02.09:清水搭載
20.02.10:佐伯〜
〜02.10 出動訓練(教練爆雷戦)〜
〜02.10佐伯
20.02.14:石炭搭載
20.02.16:佐伯〜
〜02.16 出動訓練(教練水上戦闘)〜
〜02.17 出動訓練(教練水上戦闘)〜
〜02.17佐伯
20.02.18:清水搭載
20.02.19:佐伯〜02.19呉
20.02.20:戦時編制:大海幕機密第608号ノ203:海上護衛総司令部第一護衛艦隊
20.02.20:繋留替え、重油搭載
20.02.21:糧食搭載
20.02.23:呉〜02.23門司02.25〜02.25六連
20.02.26:(モタ39船団護衛)六連〜
〜02.27(N34.20-E126.24)馬路海仮泊〜
〜02.28 仮泊地発〜
〜02.28 戦闘爆雷戦〜
〜03.01 1912(N34.04-E122.05)仮泊〜
〜03.02 0608 仮泊地発〜
〜03.02 1954(N31.31-E122.28)仮泊〜
〜03.03 0627 仮泊地発〜
〜03.03 1012 浮流機雷発見〜
〜03.03 1042 浮流機雷処分〜
〜03.03 1653(N30.08-E122.30)泗礁山仮泊〜
〜03.04 1315 仮泊地発〜
〜03.04 1835(N29.12-E122.26)舟山島東方〜
〜03.05 0700 仮泊地発〜
〜03.05 1742(N29.18-E121.51)三門湾仮泊〜
〜03.06 0700 仮泊地発〜
〜03.06 1652(N28.28-E121.20)温州湾(虎頭島)仮泊〜
〜03.07 0700 仮泊地発〜
〜03.07 1711(N26.54-E121.20)インコグ東方仮泊〜
〜03.08 0736 仮泊地発〜
〜03.08 モタ船団から分離、「正島丸」「朝鳥丸」を厦門まで護衛〜
〜03.10 船団と分離〜
〜03.10 1852(N25.11-E120.23)淡水港仮泊〜
〜03.11 0655 仮泊地発〜
〜03.11基隆
20.03.--:艦隊区分:隊番号:40、艦船番号(26)
20.03.12:糧食搭載
20.03.13:下士官、兵15名便乗
20.03.13:(タモ48船団護衛)基隆〜
〜03.13 1646 仮泊〜
〜03.14 0209 仮泊地発〜
〜03.15 0200 仮泊〜
〜03.15 0825 仮泊地発〜
〜03.15 2350(N27.63-E121.21)北龍山(東瓜崎)仮泊〜
〜03.16 0630 仮泊地発〜
〜03.16 2029(N29.00-E121.58)三門湾仮泊〜
〜03.17 0700 仮泊地発〜
〜03.17 1624(N30.13-E122.23)舟山島東方仮泊〜
〜03.18 0653 仮泊地発〜
〜03.18 2035(N30.45-E122.22)北鼎新仮泊〜
〜03.19 0631 仮泊地発〜
〜03.19 0728 浮流機雷発見〜
〜03.19 0740 浮流機雷処分〜
〜03.19 0940 浮流機雷発見〜
〜03.19 0950 浮流機雷処分〜
〜03.20 1925(N34.32-E125.59)珍島仮泊〜
〜03.21 0628 仮泊地発〜
〜03.21 1838(N34.49-E127.18)巨済島仮泊〜
〜03.22 0628 仮泊地発〜
〜03.22 1954 六連(六連灯台120度1浬)仮泊〜
〜03.23 0626 仮泊地発〜
〜03.23門司(第七岸壁繋留)
20.03.23:糧食搭載、下士官、兵5名乗艦
20.03.25:軍隊区分:AS三作戦部隊第一哨戒部隊
20.03.25:門司〜哨区〜
〜03.26 0816 光島丸船団を認め反転同航〜
〜03.26 2246 仮泊(豆酸崎51度2,300m)〜
〜03.27 1300 仮泊地発〜
〜03.27豆酸湾
20.03.29:豆酸湾〜03.30勝本港(若宮島台の10度1.3浬)
20.03.30:勝本港〜03.31鎮海(K一浮標前後部繋留)
20.03.31:清水、重油搭載
20.04.01:整備補給
20.04.02:鎮海〜
〜04.02 1635 豆酸湾仮泊〜
〜04.05 0827 仮泊地発〜
〜04.06 対潜掃蕩〜
〜04.07 1207 鶏知湾仮泊〜
〜04.07 1800 仮泊地発〜
〜04.08 0823 的山大島仮泊〜
〜04.08 1803 仮泊地発、哨戒〜
〜04.09 0728 的山大島仮泊〜
〜04.09 1329 仮泊地発〜
〜04.09佐世保
20.04.10:清水搭載20t、糧食搭載
20.04.11:糧食搭載
20.04.12:軍隊区分:第一哨戒部隊電令作第1号:第一掃蕩隊
20.04.12:佐世保〜
〜04.12 1321 的山大島仮泊〜
〜04.12 1859 仮泊地発〜
〜04.13 0023(N33.38-E125.23)潜水艦らしきものを探知〜
〜04.13 0025 戦闘爆雷戦、使用爆雷10個〜
〜04.13豆酸湾
20.04.18:第一哨戒部隊電令第2号:
2.本日1800より明日0600迄哨戒要領を左の通り定む
第一掃蕩隊 N哨区
各隊南北に移動哨戒2100、0300各哨区の北端に在る如く行動す
20.04.18:豆酸湾〜哨戒〜04.18豆酸湾
20.04.20:豆酸湾〜哨戒〜
〜04.21 0342 戦闘爆雷戦、使用爆雷20個〜
〜04.21鎮海
20.04.21:清水搭載
20.04.21:鎮海〜
〜04.21 1906 豆酸湾仮泊〜
〜04.23 0855 仮泊地発〜
〜04.23 1147 豆酸湾仮泊〜
〜04.24 0925 仮泊地発〜
20.04.25:戦時編制:海上護衛総司令部第一護衛艦隊第一海防隊
20.04.25:海防隊編制:内令第356号:第一海防隊
〜04.25 0720 戦闘爆雷戦、使用爆雷21個〜
〜04.26 1418 戦闘爆雷戦、使用爆雷9個〜
〜04.27 0719 的山仮泊
〜04.27 0958 仮泊地発〜
〜04.27 1127 伊万里仮泊
〜04.29 1754 仮泊地発〜
〜04.30 0820 的山仮泊
20.05.01:海防艦長:海軍少佐 澁谷 政光
20.05.01:0531 教練射撃
糧食、爆雷搭載
20.05.01:的山〜
〜05.01 1916 教練水上戦闘〜
〜05.02勝本
20.05.04:勝本〜
〜05.04 1458 浮流機雷発見〜
〜05.04 1520 浮流機雷処分〜
〜05.04郷ノ浦
20.05.05:軍隊区分:第一護衛艦隊電令作第50号(05.01附):鮮南哨戒部隊第一哨戒部隊
20.05.14:郷ノ浦〜
〜05.14 1830 浮流機雷発見〜
〜05.14 1905 浮流機雷処分〜
〜05.15的山浦
20.05.15:的山浦〜05.15伊万里湾
20.05.18:生糧品及び真水搭載
20.05.18:伊万里湾〜05.18的山浦
20.05.26:第一哨戒部隊信電令作第1号:
4.第一掃蕩隊は現場に急行、新南、第三十九號海防艦と交代、敵潜掃蕩
20.05.26:的山浦〜
〜05.27 0530 浮流機雷発見〜
〜05.27 0557 浮流機雷処分〜
〜05.27 1839 浮流機雷発見〜
〜05.27 1950 浮流機雷処分〜
〜05.28 1901 教練水上戦闘〜
〜05.29的山浦
20.05.29:的山浦〜
〜05.29 1906 教練水上戦闘〜
〜05.30對馬
20.05.31:對馬〜
〜05.31 0910 浮流機雷発見〜
〜05.31 0950 浮流機雷処分〜
〜05.31鎮海
20.05.31:清水搭載
20.06.01:軍隊区分:第一護衛艦隊電令作第72号(05.27附):黄海方面護衛部隊
20.08.25:役務:内令第747号:第一豫備海防艦
20.09.15:戦時編制:呉鎮守府部隊
20.11.01:海防艦長:海軍大尉 山崎 俊夫
20.11.30:帝國海軍編制より除く(第281840番電にて予定)
20.12.01:除籍
20.12.01:入籍:内令第5号:掃海艦、呉地方復員局所管
20.12.01:所属:内令第7号:呉地方復員局
20.12.01:艦長:第二復員官 山崎 俊夫
20.12.15:艦長:第二復員官 上野 忠弘
20.12.20:内令第12号:「海第七十六號」と呼称
21.02.01:所属:内令第20号:佐世保地方復員局
21.04.01:類別等級削除:軍令第1号(自然消滅)
21.04.05:艦長:第二復員事務官 河島 義夫
21.05.10:所属:内令第66号:大湊地方復員局
21.06.15:艦長:復員事務官 河島 義夫
21.09.01:移籍:復二第210号:特別輸送艦、呉地方復員局所管
21.09.05:復二第230号:特別保管艦に指定(09.01附)
21.10.08:艦長:復員事務官 最上 暢雄
21.11.18:艦長:復員事務官 有留 喜郎
22.01.28:艦長:復員事務官 田中 常治
22.02.01:復二第85号:横須賀地方復員局所管に改む
22.07.10:艦長:復員事務官 有留 喜郎
22.08.28:除籍:復二第605号
同型艦
第二號、第四號、第六號、第八號、第十號、第十二號、第十四號、第十六號、第十八號、
第二十號、第二十二號、第二十四號、第二十六號、第二十八號、第三十號、第三十二號、
第三十四號、第三十六號、第三十八號、第四十號、第四十二號、第四十四號、第四十六號、
第四十八號、第五十號、第五十二號、第五十四號、第五十六號、第五十八號、第六十號、
第六十二號、第六十四號、第六十六號、第六十八號、第七十號、第七十二號、第七十四號、
第七十八號、第八十號、第八十二號、第八十四號、第百二號、第百四號、第百六號、
第百十二號、第百十六號、第百十八號、第2761號艦、第百二十四號、第百二十六號、
第百三十號、第百三十二號、第百三十四號、第百三十八號、第百四十二號、第百四十四號、
第百五十號、第百五十四號、第百五十六號、第百五十八號、第百六十號、第百八十六號、
第百九十號、第百九十二號、第百九十四號、第百九十六號、第百九十八號、第二百號、
第二百二號、第二百四號。
兵装
(計画時)
四十五口径十年式十二糎高角砲2門、
九六式二十五粍三聯装機銃2基、九九式軽機銃2挺、一四式拳銃13丁、九九式小銃39挺、
九六式三米高角測距儀一型1基、九六式六十六糎測距儀1基、
九三式二号水中聴音機小艦艇用甲1基、九三式探信儀一型1基、須式七十五糎探照燈四型改一1基、
二号電波探知機二型改二1基、
仮称三式投射機12基、爆雷投下軌道1條、九五式爆雷120個。
写真資料
雑誌「世界の艦船」海人社 1996年2月号増刊「日本海軍護衛艦艇史」(P.29)
雑誌「世界の艦船」海人社 2017年12月号増刊「日本海軍護衛艦艇史」(P.29)
「写真日本海軍全艦艇史」 潟xストセラーズ H06.12 福井静夫(2360)
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