興嶺丸の船歴
年 月 日:船歴
14.03.19:起工
14.05.20:進水、命名:興嶺丸
14.07.17:竣工
14.07.--:新規登録
14.07.17:登録検査、船級:TK N.S.* (Greater Coasting Service)、船級番号:860
14.07.17:船舶検査証書交付
15.08.06:中間検査
15.12.14:徴傭
15.12.16:入籍:内令第981号:特設捕獲網艇、舞鶴鎮守府所管
15.12.16:捕獲網艇長:海軍豫備中尉 山口 篤利
15.12.16:艤装工事開始
16.01.14:艤装工事完了
16.01.15:特設驅潜隊編制:内令第29号:第五十三驅潜隊
16.01.15:艦隊編制:聯合艦隊第二艦隊第二根據地隊第五十三驅潜隊
16.02.05:略称制定:第531号捕獲網艇
16.03.24:佐世保〜中支方面〜04.03橘湾
16.04.10:艦隊編制:聯合艦隊第三艦隊第二根據地隊第五十三驅潜隊
16.05.31:捕獲網艇長:海軍豫備中尉 平野 進
16.06.13:佐世保〜南支方面〜07.16基隆
16.07.24:基隆〜
16.08.10:馬祖島にて特設砲艦「木曽丸」へ没収物件搭載
〜08.29舞鶴
16.09.01:戦時編制:聯合艦隊第三艦隊第二根據地隊第五十三驅潜隊
16.10.15:特設驅潜隊編制:内令第1251号:第五十三驅潜隊
16.10.15:捕獲網艇長:海軍豫備大尉 平野 進
16.12.07:高雄〜南支方面〜12.14高雄
16.12.--:軍隊区分:機密菲島部隊護衛部隊命令第1号:第三護衛隊
16.12.17:(第三輸送船隊護衛)基隆〜
〜12.21 0700 第一、第二護衛隊に合同〜
〜12.22リンガエン湾
〜01.02高雄
17.01.03:戦時編制:聯合艦隊第三南遣艦隊第三十一特別根據地隊第五十三驅潜隊
17.01.03:艦隊区分:234
17.01.03:軍隊区分:南方部隊電令作第48号(01.04附):菲島部隊
17.01.04:高雄〜01.06リンガエン
17.01.06:軍隊区分:菲島部隊電令作第2号:菲島西部隊
17.01.--:リンガエン〜01.26高雄
17.01.29:高雄〜リンガエン湾
17.02.06:軍隊区分:機密蘭印部隊第一護衛隊命令作第4号:掃蕩隊
17.02.08:(西部ジャワ攻略作戦:ス作戦輸送船隊護衛)リンガエン湾(ダモルチス泊地)〜
〜02.09 ---- 陸軍徴傭船「薩摩丸」が船団から落伍〜
〜02.10 0845 驅逐艦「夕立」が陸軍徴傭船「薩摩丸」の状況調査に向かう〜
〜02.10 0930 巡洋艦「球磨」が護衛を終了〜
〜02.10 1325 「第十六號驅潜艇」、「第十七號驅潜艇」が合同〜
〜02.10 1800 護衛を終了〜
〜サントトーマス
17.02.21:特設砲艦「木曾丸」と共に座州した特設運送船「さんるいす丸」を曳航し
引卸しを試みるが成功せず
17.02.23:サンフェルナンド〜02.24陸軍輸送船団護衛〜02.25サンフェルナンド
17.03.01:特設運送船「さんるいす丸」より燃料7t、清水70t補給
17.03.04:リンガエン湾〜哨戒〜03.04リンガエン湾
17.03.05:リンガエン湾〜哨戒〜03.05リンガエン湾
17.03.08:リンガエン湾〜哨戒〜03.09リンガエン湾
17.03.10:軍隊区分:機密菲島部隊命令作第6号:菲島西部隊
17.03.11:リンガエン湾〜哨戒〜03.12リンガエン湾
17.03.16:リンガエン湾〜哨戒〜03.16リンガエン湾
17.03.17:軍隊区分:機密菲島部隊命令作第8号:菲島西部隊西哨戒部隊(03.24発動)
17.03.17:リンガエン湾〜哨戒〜03.17リンガエン湾
17.03.18:リンガエン湾〜哨戒〜03.18リンガエン湾
17.03.19:リンガエン湾〜哨戒〜03.19リンガエン湾
17.03.20:リンガエン湾〜哨戒〜03.20リンガエン湾
17.03.21:リンガエン湾〜哨戒〜03.21リンガエン湾
17.03.22:リンガエン湾〜哨戒〜03.22リンガエン湾
17.03.23:リンガエン湾〜哨戒〜03.23リンガエン湾
17.03.28:リンガエン湾〜哨戒〜03.28リンガエン湾
17.04.01:リンガエン湾〜哨戒〜04.01リンガエン湾
17.04.02:リンガエン湾〜哨戒〜04.02リンガエン湾
17.04.03:リンガエン湾〜哨戒〜04.05リンガエン湾
17.04.06:リンガエン湾〜哨戒〜04.07リンガエン湾
17.04.10:戦時編制:聯合艦隊南西方面艦隊第三南遣艦隊第三十一特別根據地隊第五十三驅潜隊
17.04.15:リンガエン湾〜哨戒〜04.15リンガエン湾
17.04.16:リンガエン湾〜哨戒〜04.16リンガエン湾
17.04.17:リンガエン湾〜哨戒〜04.17リンガエン湾
17.04.20:リンガエン湾〜哨戒〜04.20リンガエン湾
17.04.21:リンガエン湾〜哨戒〜04.21リンガエン湾
17.04.22:リンガエン湾〜哨戒〜04.22リンガエン湾
17.04.23:リンガエン湾〜哨戒〜04.23リンガエン湾
17.04.24:リンガエン湾〜哨戒〜04.24リンガエン湾
17.04.25:リンガエン湾〜「鳥羽丸」曳航時の護衛〜04.26リンガエン湾
17.04.29:リンガエン湾〜哨戒〜04.29リンガエン湾
17.05.09:軍隊区分:機密菲島部隊命令作第10号:菲島西部隊
17.05.12:軍隊区分:機密菲島西部隊命令作第14号:哨戒部隊
17.05.12:リンガエン湾サンフェルナンド〜05.13マニラ湾
17.05.31:特設驅潜隊編制:内令第980号:第五十三驅潜隊の項を削る
17.05.31:内令第985号:第三十一特別根據地隊所属
17.05.31:戦時編制:聯合艦隊南西方面艦隊第三南遣艦隊第三十一特別根據地隊
17.06.12:カポングランデ島の200度5浬にて対潜戦闘:砲撃、爆雷2個投下〜
〜06.15馬公
17.06.29:馬公〜07.17高雄07.21〜
17.12.01:ベルデ水道西口付近より「六甲丸」を護衛〜12.01マニラ湾口
18.02.20:内令第280号:第三十一警備隊所属
18.02.20:戦時編制:聯合艦隊南西方面艦隊第三南遣艦隊第三十一警備隊
18.06.05:菲北部隊電令第27号:興嶺丸は香港回航の途次06日高雄向けマニラ発予定のB船を
北緯20度00分東経119度0分付近まで護衛すべし
18.06.--:マニラ〜
〜06.19 0400 スービック湾外にて「第百三號哨戒艇」に合同〜
〜06.19マニラ
18.06.23:菲北部隊電令第28号:
興嶺丸は25日マニラ発の予定ミリ行B船松本丸及びバリックパパン行
A船八幡丸を北緯07度30分東経116度10分附近迄、護衛したる後、バラバク島を偵察、
帰途二十二根機密第221715番電による佐多、尻矢を護衛、マニラに帰投すべし
18.06.25:マニラ〜07.01マニラ
18.07.01:驅潜艇長:海軍大尉 平野 進
18.07.02:菲北部隊電令作第4号:
1.A船金寶山丸0505モンボク水道西口に於て雷撃を受け沈没
2.略
3.興嶺丸、第二十一長運丸は直に出動、航空部隊と協力、敵潜の探索撃滅に任ずべし
4.第百三號哨戒艇及び第十八長運丸はマニラに於て待機すべし
18.07.16:菲北部隊電令作第31号:
1.方位測定によれば15日2210湾口付近に敵潜水艦あり
2.航空部隊及び興嶺丸は湾口哨戒を厳にすべし
3.第七號掃海特務艇は春島丸の護衛終了後はサンホセに於て待機せよ
4.第八號掃海特務艇及び第十八長運丸は一時間待機となせ
18.07.23:菲北部隊電令作第34号:
1.興嶺丸は26日マニラ発予定のA船羽後丸、三?丸(以上セブ迄)護衛したる後
マニラに帰投すべし
18.10.10:菲島部隊電令第168号:
1.略
2.略
3.第百三號哨戒艇は12日発H二船団、部隊乗船4隻(はんぶるぐ丸、すえず丸、
若津丸、夕映丸)をカウ湾迄護衛すべし
18.10.11:菲島部隊電令第169号:
興嶺丸は12日1100発H二船団を北緯07度30分線附近まで護衛
爾後掃蕩部隊指揮官所定に依り行動すべし
18.10.12:菲島部隊電令作第111号:
H二船団はミンダナオ東岸航路を採るべし、興嶺丸は適宜の地点より分離セブに回航すべし
18.10.12:菲島部隊電令作第112号:
H一イロイロに於てH二船団はセブに於て後令あるまで待機
18.10.12:(H2船団護衛)マニラ〜10.14セブ
18.12.01:内令第2579号:第三十一警備隊所属
19.02.13:菲島部隊電令作第136号:H船団の護衛区分:H一八 興嶺丸、木曽丸
19.03.30:菲島部隊電令作第284号:
1.第百五號哨戒艇、第百三號哨戒艇は31日マニラ発セブ経由H二三船団の護衛に任ずべし
興嶺丸、第二十四號驅潜特務艇はマニラ、セブ間右護衛に協力すべし
2.第四十五號驅潜艇は帝龍丸を護衛し4月2日中にセブ着、H二三船団護衛に任ずべし
19.03.31:(H23船団護衛)マニラ〜04.02セブ
19.05.01:(竹船団護衛)マニラ〜
〜05.06 1402 驅逐艦「藤波」が潜水艦発見〜
〜05.06 1402 陸軍徴傭船「亞丁丸」、同「但馬丸」、同「天津山丸」被雷〜
〜05.06 1406 陸軍徴傭船「亞丁丸」沈没〜
〜05.06 1408 「第百四號哨戒艇」が爆雷投射2個〜
〜05.06 1414 「第百四號哨戒艇」が一番二十五粍機銃にて潜望鏡附近を掃射〜
〜05.06 1415 「第百四號哨戒艇」が爆雷投射7個〜
〜05.06 1433 「第百四號哨戒艇」が爆雷投射5個〜
〜05.06 1438 「第百四號哨戒艇」が探信儀により探索探知掃蕩開始〜
〜05.06 1720 「第百四號哨戒艇」が救助作業開始〜
〜05.06 1903 「第百四號哨戒艇」が短艇収納作業を終了〜
〜05.06 1905 「第百四號哨戒艇」が再度掃蕩開始〜
〜05.06 2045 「第百四號哨戒艇」が再度救助作業開始〜
〜05.06 2050 「第百四號哨戒艇」が救助作業終了〜
〜05.06 2052 「第百四號哨戒艇」が再度掃蕩開始〜
〜05.06 2335 「第百四號哨戒艇」、驅逐艦「五月雨」と共に掃蕩続行〜
〜05.07バンカ泊地
19.05.08:(竹船団護衛)バンカ泊地〜
〜05.08 1555(N01.24-E125.44)「第百二號哨戒艇」が敵潜望鏡を発見、爆雷攻撃3個〜
〜05.08 1800 「第三十八號驅潜艇」と「第百二號哨戒艇」が掃蕩続行〜
〜05.09ワシレ
19.05.13:(竹船団護衛)ワシレ〜05.20マニラ
19.05.28:(H27船団護衛)マニラ〜06.03バンカ泊地06.07〜06.08ワシレ
19.06.11:(H27船団護衛)カウ〜06.15ホロ06.17〜06.20マニラ
19.09.--:(船団護衛)〜09.10ジンカンテス島
19.09.10:(現在)軍隊区分:中菲部隊
19.09.10:(現在)捕獲網艇長:海軍大尉 平野 進
19.09.10:内令第1064号:第三十一特別根據地隊所属
19.09.10:戦時編制:聯合艦隊南西方面艦隊第三南遣艦隊第三十一特別根據地隊
19.09.11:ジンカンテス〜09.12セブ
19.09.12:艦載機約50機の攻撃により至近弾5発と銃撃により火災、爆雷に引火誘爆
19.09.12:沈没
19.11.10:除籍:内令第1258号
19.11.10:解傭
喪失場所:N10.20-E124.00 セブ港
喪失原因:米第38機動部隊艦載機による空爆
同型船
第二新東丸、桂丸、興海丸、興國丸、樫丸、梓丸、檜丸。
兵装
(参考:開戦時の標準兵装)
四十口径四一式八糎砲1門、十三粍単装機銃1基、七粍七単装機銃1基、
六十糎探照燈1基、
爆雷投射機1式、爆雷投下台2組、爆雷24個、
一四式捕獲網4組、吊下式水中聴音機1基。
写真資料
雑誌「丸スペシャル」潮書房「No.49驅潜艇・哨戒艇」(P.42)
「歴史群像」太平洋戦史シリーズ45 真実の艦艇史 学習研究社
米軍識別資料"ONI 208-J Supplement No.2 (March 1945) Far-Eastern Small Craft"
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