第八利丸の船歴

 年 月 日:船歴

12.03.13:起工 12.08.14:進水、命名:第八利丸 12.09.21:竣工
12.09.--:新規登録:船舶番号:43864、           所有者:大洋捕鯨株式會社、           登録総噸数:297、登録純噸数:102 12.09.20:登録検査、船級:TK N.S.* (Whaler)、船級番号:617 12.09.20:船舶検査証書交付 12.10.12:(第二次南氷洋捕鯨:第二日新丸船団)神戸〜高雄〜11.12フリーマントル11.15〜      〜03.18 操業終了〜      〜03.25フリーマントル03.30〜04.18下関 12.12.16:信号符字點付:逓信省告示第4068号:JPMJ 12.12.27:訂正登録:登録純噸数:101 13.08.16:中間検査 --.--.--:船長:矢吹 滿 13.10.17:(第三次南氷洋捕鯨:第二日新丸船団)大阪〜フリーマントル11.05〜      〜11.13 南氷洋にて操業開始〜      〜03.10 1130(S64.52-E122.09)流氷に閉ざされる〜      〜03.13 0940 船体放棄 14.05.23:抹消登録:事由:沈没
14.11.20:(S60.10-E108.20)「第一昭南丸」に発見される 14.11.23:「第二關丸」来着 14.11.25:応急修理完了 14.11.26:「第二關丸」が曳航し「第二日新丸」に引渡し、引き続き修理 14.12.03:試運転 14.12.--:船長:緒方二等航海士 14.12.16:(第四次南氷洋捕鯨鯨:第二日新丸船団)操業開始〜      〜02.02 操業終了、「大洋丸」が護衛し母船発、〜      〜02.12シドニー〜03.06下関 15.04.20:川崎重工業株式會社にて入渠修理
15.06.--:新規登録:事由:抹消船再用、           船舶番号:43864、信号符字:JPMJ、           登録総噸数:298、登録純噸数:106 15.06.01:神戸にて第一次第一種定期検査 15.06.01:登録検査、船級:TK N.S.* (Whaler)、船級番号:932 15.06.01:船舶検査証書交付 15.10.10:(第五次南氷洋捕鯨:第二日新丸船団)横浜〜10.19バリクパパン〜      〜11.10 南氷洋にて操業開始〜      〜02.17 操業終了〜      〜03.10タラカン〜03.25下関 16.08.27:中間検査
16.08.29:徴傭 16.09.01:株式會社東京石川島造船所にて艤装工事開始 16.09.20:入籍:内令第1093号:特設掃海艇、横須賀鎮守府所管 16.09.20:掃海艇長:海軍豫備中尉 伊藤 幸一 16.10.14:艤装工事完了 16.10.15:特設掃海隊編制:内令第1252号:第十七掃海隊 16.10.15:戦時編制:聯合艦隊第五艦隊第七根據地隊第十七掃海隊 16.12.03:父島〜12.03母島12.04〜12.04父島 16.12.07:父島〜12.16父島 16.12.17:父島〜12.17父島 16.12.19:特設砲艦まがね丸」から真水補給 16.12.19:父島〜12.21父島 16.12.28:父島〜12.28母島12.29〜12.29父島 17.01.05:父島〜01.06父島 17.01.10:父島〜01.11父島 17.01.14:父島〜01.14父島 17.01.27:父島〜01.28父島 17.02.01:父島〜02.02父島 17.02.09:特設砲艦「まがね丸」に横付け、清水補給 17.02.09:父島〜02.13父島 17.02.18:父島〜02.19父島 17.02.20:父島〜02.27父島 17.03.02:父島〜03.03父島 17.03.04:父島〜哨戒〜03.08父島 17.03.11:父島〜03.12父島 17.03.12:父島〜03.17父島 17.03.20:父島〜03.21父島 17.03.25:父島〜03.25父島 17.03.26:父島〜04.03父島 17.04.05:父島〜04.06父島 17.04.08:父島〜04.09父島 17.04.10:父島〜04.13浦賀 17.04.24:浦賀〜04.24横須賀 17.04.26:横須賀〜04.28父島 17.04.30:父島〜04.30父島 17.05.02:父島〜05.03父島 17.05.05:父島〜05.07父島 17.05.12:父島〜05.13父島 17.05.18:父島〜05.19父島 17.05.20:父島〜05.21父島 17.05.25:父島〜05.25父島 17.05.28:父島〜06.01父島 17.06.03:父島〜06.04父島 17.06.05:父島〜06.07父島 17.06.09:父島〜06.12父島 17.06.14:父島〜06.15父島 17.06.15:戦時編制:聯合艦隊第五艦隊父島方面特別根據地隊第十七掃海隊 17.06.16:父島〜06.17父島 17.06.25:父島〜06.27父島 17.07.14:父島〜07.17父島 17.07.22:父島〜07.27父島 17.08.01:掃海艇長:海軍豫備大尉 伊藤 幸一 17.08.06:父島〜08.08父島 17.08.11:父島〜08.13父島 17.08.18:父島〜08.21父島 17.08.27:父島〜08.30父島 17.08.31:父島〜09.03父島 17.09.15:父島〜09.18父島 17.09.25:軍隊区分:機密横須賀鎮守府命令作第126号:小笠原部隊 17.10.02:父島〜11.19父島 17.12.29:父島〜甲機帆船群護衛〜      〜12.31 機関故障の「明豊丸」を曳航〜01.27父島 18.02.02:父島〜02.21父島 18.03.04:父島〜04.28父島 18.03.31:水産統制令に基づき株式會社林兼商店の内地水産部門を分離、これに大洋捕鯨株式會社及      遠洋捕鯨株式會社を合併し西大洋漁業統制株式會社を設立 18.05.10:父島〜 18.05.26:(第3526B船団護衛)横須賀〜サイパン 18.07.01:掃海艇長:海軍大尉 伊藤 幸一      〜10.27父島 18.10.30:父島〜12.31父島 19.01.06:(第3231乙船団護衛)父島〜01.11サイパン 19.--.--:サイパン〜02.29父島 19.03.--:軍隊区分:父島方面防備部隊特設掃海隊(2)第一小隊(1) 19.03.11:(「百jロ」護衛)父島〜03.15南鳥島03.18〜03.23父島 19.03.25:小笠原部隊電令作第79号:対潜掃蕩任務 19.03.25:父島〜対潜掃蕩〜 19.03.26:小笠原部隊電令作第80号:対潜掃蕩継続しつつ第五十四號驅潜艇捜索救難任務      〜「第五十四號驅潜艇」捜索〜 19.03.26:小笠原部隊電令作第81号:父島の355度105浬を中心とする30浬圏内を夜間反復掃蕩任務      〜対潜掃蕩〜 19.03.27:小笠原部隊電令作第82号:「日昌丸」を父島−硫黄島間往復護衛任務      〜03.27対潜掃蕩終了〜03.28父島 19.03.28:小笠原部隊信電令第11号:硫黄島の151度95浬に不時着の陸攻搭乗員救難任務 19.03.28:小笠原部隊電令作第85号:文丸は電令作第82号による日昌丸護衛任務を継承 19.03.29:父島〜遭難機捜索 19.04.01:小笠原部隊電令作第87号:1200までに手掛かりなければ帰投      〜04.02父島 19.04.--:軍隊区分:父島方面防備部隊小笠原部隊特設掃海隊(1)第一小隊(1) 19.04.04:小笠原部隊信電令作第26号:第4324船団を北緯31度線付近まで護衛任務 19.04.04:(第4324船団護衛)父島〜北緯31度線まで〜04.07父島 19.04.10:小笠原部隊信令第27号:機械故障で漂流中の報國第十三號救援任務 19.04.10:父島〜      0830 雑役船報國第十三號」救援〜 19.04.10:小笠原部隊電令作第90号:信令第27号による救援任務解除、      特令あるまで240度〜330度間50浬圏界面の哨戒任務      1200 哨戒任務〜 19.04.10:小笠原部隊電令作第91号:04.11未明まで「駿河丸」前路の反復掃蕩、      事後電令作第90号による哨戒任務      〜04.11父島 19.04.11:小笠原部隊電令作第92号:電令作第90号による哨戒任務解除 19.04.12:父島〜 19.04.12:小笠原部隊信電令作第29号:父島の270度10kmの対潜掃蕩任務 19.04.13:小笠原部隊信電令作第30号:父島の345度120浬の対潜索敵攻撃任務 19.04.15:軍隊区分:小笠原方面防備部隊電令作第3号:小笠原方面防備部隊 19.04.15:小笠原部隊電令作第95号:東松6号船団の予定航路上を掃蕩しつつ帰投命令      〜04.16父島 19.04.17:小笠原部隊信電令作第31号:第4417乙船団を鳥島まで護衛、鳥島−父島間航路を掃蕩しつつ帰投 19.04.17:(第4417乙船団護衛)父島〜      〜04.18 2400 護衛を止め父島に帰投〜      〜04.20父島 19.04.20:小笠原部隊信電令第12号:適宜出撃、「慶南丸」の警戒 19.04.21:父島〜特設掃海艇慶南丸」の警戒〜04.23父島 19.04.21:九三式十三粍単装機銃1基装備 19.04.28:(「百jロ」「辰昭丸」船団護衛)父島〜05.03南鳥島05.06〜05.11父島 19.05.11:小笠原部隊電令作第103号:第4513乙船団護衛任務 19.05.11:小笠原部隊電令作第103号:      1.第四五一三乙船団辰昭丸、百jロ、13日0600横須賀に向け出港の予定      2.第八利丸艇長は第六玉丸巨濟及び由利島を併せ指揮し右船団の護衛に任ず      3.第八利丸及び第六玉丸の護衛終止の時期並に爾後の行動は特命す 19.05.13:(第4513乙船団護衛)父島〜 19.05.14:小笠原部隊電令作第104号:       第八利丸は千鳥、船団に合同後、護衛指揮を先任指揮官に引継ぎ第六玉丸を併せ指揮し       列島線に沿い対潜掃蕩を実施しつつ帰投すべし      〜05.15 0900(N30.50-E138.55)水雷艇千鳥」が船団に合同、護衛指揮を引継ぎ帰投〜      〜05.16父島 19.05.19:小笠原部隊電令作第108号:      1.第七雲海丸、21日南鳥島に向け出港の予定      2.第五十二號驅潜艇長は第八利丸、第六玉丸を併せ指揮し父島、南鳥島間往復共、        右船団の護衛に任ずべし 19.05.20:小笠原部隊電令作第110号:      1.小笠原部隊電令作第108号による第七雲海丸船団部隊の出撃予定日延期す      2.辰榮丸、本日1300硫黄島に向け出撃せしむ      3.第五十二號驅潜艇長は第八利丸及第六玉丸を併せ指揮し辰榮丸の護衛に任ずべし      4.航路部隊は右船団部隊の前路並に上空警戒を特に厳にすべし 19.05.20:(「辰榮丸」護衛)父島〜05.21硫黄島05.27〜05.28父島 19.05.29:小笠原部隊信電令作第56号:      1.父島海軍航空隊水上偵察機、父島の212度17浬の地点に敵潜没潜水艦を発見せり      2.第五十二號驅潜艇長は第八利丸及び第六玉丸を併せ指揮し之が撃滅に任ずべし      3.航空部隊は全力を挙げて右に協力すべし 19.05.29:父島〜対潜掃蕩〜 19.05.30:小笠原部隊信電令作第58号:05.31 0700までに敵状を得ざれば帰投      〜05.31父島 19.05.31:小笠原部隊電令作第113号:   1.第七雲海丸、熊野山丸船団1日1600南鳥島に向け出撃せしむ      2.第五十二號驅潜艇長は第八利丸、第六玉丸、文丸を併せ指揮し父島、南鳥島間        往返共之が護衛に任ずべし      3.小笠原部隊信電令作第108号による第九〇一海軍航空隊陸上攻撃機は6月2日以降進出すべし 19.06.01:(「熊野山丸」船団護衛)父島〜06.06南鳥島06.12〜06.18父島 19.06.20:(第4620乙船団護衛)父島〜 19.06.24:敵潜水艦の追撃を止め「熊野山丸」遭難者95名収容〜      〜06.24横須賀 19.07.01:株式會社東京石川島造船所船渠にて船体機関修理工事(08.08まで) 19.07.07:軍隊区分:機密横須賀鎮守府命令作第419号:小笠原部隊第十七掃海隊 19.08.01:特設掃海隊編制:内令第923号:第十七掃海隊の項を削る 19.08.01:内令第924号:父島方面特別根據地隊所属 19.08.01:戦時編制:横須賀鎮守府部隊父島方面特別根據地隊 19.08.01:軍隊区分:横鎮電令作第579号:小笠原部隊 19.08.01:軍隊区分:機密横須賀鎮守府命令作第426号:小笠原部隊特設掃海隊(1) 19.08.05:掃海艇長:海軍大尉 上村 久雄 19.08.08:東京〜08.08横須賀 19.08.12:横須賀鎮守府電令作第599号:第3815船団護衛任務 19.08.16:横須賀〜08.16館山 19.08.17:(第3815船団護衛)館山〜08.23父島 19.08.23:父島〜08.23父島 19.08.29:小笠原部隊信電令作第112号:「駿河丸」父島−硫黄島間往復護衛任務 19.08.29:父島〜08.31硫黄島 19.08.31:(N25.00-E141.50)米航空母艦Franklin(CV-13)搭載のF6Fの攻撃を受ける      1545 被弾、火災、南岸に擱坐 1940 機銃掃射により船尾爆雷誘爆、航行差支えなし 19.08.31:(船団護衛)硫黄島〜 19.09.01:1100頃 北硫黄島の概ね22度30浬付近にて敵機の空襲を受け、以降行方不明
19.09.01:沈没 19.12.10:除籍:内令第1348号 19.12.10:解傭
喪失場所:N25.67-E141.82 北硫黄島の概ね22度55Km付近 喪失原因:米第38機動部隊艦載機による空爆

同型船

 利丸第二利丸第三利丸第五利丸、第六利丸、第七利丸、第九利丸。

兵装

 要調査。

写真資料

 「川崎重工業株式会社社史」 S34.10 川崎重工業株式会社(P.318,724)

備考

「太平洋戦争特設艦船史」では「昭和十九年九月二日〇五三〇頃N三〇.二六−E一四〇.五三(小笠原鳥島東方五三粁付近)を行動中空爆をうけ被弾沈没。」としてありますが「父島方面特別根據地隊戦時日誌」によれば当時本船は硫黄島から父島へ帰投中であり、父島より更に北方の鳥島で沈没したとするのは明らかに誤りです。なお、緯度経度は筆者が概位置から推定しているものであり、正確なものではありませんのでご注意ください。


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