第貮海南丸の船歴
年 月 日:船歴
--.--.--:起工
14.12.23:進水、命名:第貮海南丸
--.--.--:竣工
15.02.15:登録検査
15.03.--:新規登録
16.08.22:徴傭
16.09.05:入籍:内令第1025号:特設監視艇、佐世保鎮守府所管
16.10.15:内令第1253号:馬公防備隊所属
16.10.15:戦時編制:馬公要港部部隊馬公防備隊
16.11.20:戦時編制:馬公警備府部隊馬公防備隊
16.12.--:馬公
17.01.15:機密馬公警備府命令作第6号:
馬公防備隊司令は官房機密第77番電に依る特設監視艇第十八南進丸、第二十一南進丸、
第二十六南進丸、第二十八南進丸、第一海南丸、第二海南丸、第三朝洋丸、第十六南進丸、
第二十二南進丸、第二十七南進丸をして準備出来次第、馬公発佐世保経由横須賀に回航せしめ
第五艦隊に引渡すべし
17.01.15:内令第93号:第七防備隊所属
17.01.15:戦時編制:聯合艦隊第五艦隊第七根據地隊第七防備隊
17.02.01:内令第198号:横須賀鎮守府所管に変更
17.02.01:特設監視艇隊編制:内令第195号:第一監視艇隊
17.02.01:戦時編制:聯合艦隊第五艦隊附属第一監視艇隊
17.02.01:軍隊区分:北方部隊哨戒部隊第一哨戒隊第四小隊(144)
17.02.01:監視艇長:海軍兵曹長 坂元 松男
17.02.14:横須賀〜
〜02.19 0000 ル哨戒線着哨〜
〜02.24 1600 撤哨〜
〜02.27釧路
17.02.25:特設監視艇隊編制:内令第353号:第一監視艇隊
17.02.25:軍隊区分:北方部隊哨戒部隊第一哨戒隊第四小隊(144)
17.03.01:九六式空二号航空機用無線電信機搭載工事(03.02まで)
17.03.18:釧路にて上架修理
17.03.31:修理完了
17.04.10:軍隊区分:北方部隊哨戒部隊第一哨戒隊第五小隊(152)
17.04.19:釧路〜
〜04.21 東経151度の新哨戒線に移動〜
〜04.24 1200 配備完了〜
〜04.26 0600 哨戒線を東経152度線に変更〜
〜05.01 1200 撤哨〜
〜05.05横須賀
17.05.15:横須賀〜
〜05.18 着哨(N35.20-E152.00)〜
〜05.21 1625 特設砲艦「昌榮丸」と会合〜
〜05.24 特設砲艦「昌榮丸」と会合〜
〜05.28 1200 撤哨〜
〜06.01横須賀
17.05.22:官房機密第657番電:兵器供給:九二式七粍七単装機銃A型(三脚架附)、
仮称40瓩発煙筺5個以内、発煙浮筺用筺嚢3個以内、
九五式爆雷(九五式爆雷改二)完備4個以内、落下傘一型爆雷と同数、
仮装投下台を装備
17.06.07:横須賀〜
〜06.13 2000 着哨〜
〜06.17 0000 「カ」「コ」(東経151度)哨戒線に移動〜
〜06.22 1200 撤哨〜
〜06.26横須賀
17.06.18:軍務局機密第715番電:次を逐次実施予定
1.速力6節以上のものに対しては落下傘付爆雷4個以内、仮装投下台2個装備
2.機銃1基装備、小銃5挺供給
3.発煙筺又は発煙浮筺5個以内供給
4.七倍双眼望遠鏡供給
5.商船式救命袋供給
17.07.03:九二式七粍七単装機銃1基搭載
17.07.05:横須賀〜
〜07.08 1820 着哨〜
〜07.14 特設砲艦「昌榮丸」と会合〜
〜07.21 1200 撤哨〜
〜07.25横須賀
17.08.05:横須賀〜
〜08.08 1200 「タ一」「レ一」線配備完了〜
〜08.08 1800 「タ」「レ」哨戒線に移動〜
〜08.08 2200 反転、「タ一」「レ一」哨戒線に戻る〜
〜08.12 東方に進行しつつ不時着敵水上機捜索〜
〜08.12 1700 反転、分哨に復帰〜
〜08.15 1200 「タ二」「レ二」哨戒線に移動〜
〜08.17 撤哨〜
〜08.20横須賀
17.--.--:横須賀〜清水
17.09.04:金指造船所にて上架
17.10.08:修理完成
17.10.08:清水〜10.09横須賀
17.10.22:横須賀〜
〜11.02 1200 特設監視艇「第三朝洋丸」を護衛して撤哨〜
〜11.06横須賀
17.11.11:横須賀海軍工廠にて入渠
17.11.16:出渠
17.11.18:横須賀〜
17.11.25:戦時編制:聯合艦隊第五艦隊第二十二戦隊第一監視艇隊
〜12.01 1200 撤哨〜
〜12.05横須賀
17.12.27:横須賀〜
〜12.28 無電洋電池故障、送信不能〜
〜12.31横須賀
18.01.08:監視艇長:海軍兵曹長 岩野 好美
18.01.08:横須賀〜
〜01.09 0940(N32.44-E143.10)激浪のため外舷破損浸水〜
〜01.10横須賀
18.02.04:横須賀〜02.05下田
18.02.10:下田造船所にて上架
18.02.21:修理完成
18.03.--:下田〜03.14横須賀
18.03.16:横須賀〜
〜着哨(N38.20-E152.00)〜
〜03.26 1200 撤哨〜
〜03.29横須賀
18.04.--:監視艇長:海軍兵曹長 岩野 好美
18.04.05:横須賀〜
〜04.08 着哨〜
18.04.08:哨戒部隊電令作第85号:09日0600発動、「ユ」哨戒線(152度線)に進出
〜04.09 0900 「ユ」哨戒線に移動〜
18.04.14:哨戒部隊電令作第89号:14日1500発動、「ノ」哨戒線(149度線)に移動
〜04.14 1500 「ノ」哨戒線に移動〜
〜04.20 撤哨〜
〜04.22横須賀
18.05.--:監視艇長:海軍兵曹長 坂元 松男
18.05.05:横須賀〜
〜「ト」哨戒線「ロ」(N36.20-E151.00)〜
18.05.12:哨戒部隊電令作第100号:速やかに「ユ」哨戒線(152度線)に進出
〜「ユ」哨戒線「ロ」(N36.20-E152.00)〜
〜05.14 1410 特設砲艦「浮島丸」と会合〜
18.05.17:哨戒部隊電令作第101号:直ちに撤哨、速に釧路に回航、北方進出準備を完成待機
〜05.17 撤哨〜
〜05.21釧路
18.05.23:哨戒部隊電令作第103号:準備出来次第、速やかに幌筵に進出
18.05.24:釧路〜05.29幌筵
18.06.01:軍隊区分:機密北方部隊哨戒部隊命令作第14号:泊地哨戒隊南口哨戒隊
18.06.01:台風により錨鎖切断
18.06.04:幌筵〜哨区哨戒〜06.05幌筵
18.06.10:幌筵〜哨区哨戒〜06.11幌筵
18.07.--:監視艇長:海軍兵曹長 岩野 好美
18.07.20:幌筵〜08.01横須賀
18.08.05:軍隊区分:第二基地航空部隊電令作第24号:第二基地航空部隊哨戒部隊第一哨戒隊
18.08.11:横須賀〜08.12清水
18.08.--:東海遠洋漁業會社にて上架
18.10.--:軍隊区分:第一直哨戒隊乙直
18.10.09:横浜〜
〜10.14 着哨(U哨戒線)〜
〜10.15 1800 配備点を三分哨南方に移動〜
〜10.23 1800 155度線に移動〜
〜10.26 1200 撤哨〜
〜10.31横浜
18.11.--:軍隊区分:第一直哨戒隊甲直
18.11.09:横浜〜
〜11.14 1200 着哨(156度線)〜
〜11.15 1210 特設砲艦「浮島丸」と会合〜
〜11.17 0600 159度線に移動〜
〜11.22 0600 154度線に移動〜
〜11.26 1200 撤哨〜
〜12.01横浜
18.12.12:横須賀〜12.13江ノ浦
18.12.15:静浦船渠株式會社にて上架
19.02.21:戦時編制:聯合艦隊北東方面艦隊第二十二戦隊第一監視艇隊
19.03.10:下架
19.03.16:上甲板他2件修理(03.28まで)
19.03.19:十三粍単装機銃新設
19.04.--:江ノ浦〜04.06横浜
19.05.02:横浜〜
〜05.09 0821 特設砲艦「浮島丸」と会合〜
〜05.11 0600 「ヘ」線より「ハ」線へ哨区移動〜
〜05.14 1128 特設砲艦「浮島丸」と会合〜
〜05.19 撤哨〜
〜05.25横浜
19.05.03:監視艇長:海軍兵曹長 高牟禮 善之助
19.06.07:横浜〜
〜06.23 1830 特設砲艦「浮島丸」と会合〜
〜06.--横浜
19.07.04:横浜〜空襲警報発令により内港浮標に疎開〜07.06横浜(桟橋)
19.07.14:横浜〜
〜07.20 152度線〜
〜07.21 0847 特設砲艦「浮島丸」と会合〜
〜07.23 154度線〜
〜07.25 1429 特設砲艦「浮島丸」と会合〜
〜07.26 153度線〜
〜横浜
19.08.01:戦時編制:聯合艦隊第二十二戦隊第一監視艇隊
19.08.01:軍隊区分:第七基地航空部隊第一哨戒部隊第一直哨戒隊
19.08.18:横浜〜
〜09.07 0330 勝浦沖にて座礁、浸水甚大〜
〜09.07 0440 離礁、航行可能勝浦泊〜
〜09.07 1230 勝浦湾内岸壁50mに右転覆、船体の半面露出沈没、
第百六十一號驅潜特務艇及び勝浦警防團の応援を得て
兵器弾薬の大部分と重要書類を揚陸、船体を岸壁に引寄せるための要具準備中
19.10.--:勝浦町旭造船所にて修理
19.12.10:勝浦〜12.11横須賀
19.12.21:三神造船所にて修理
20.01.01:軍隊区分:哨戒部隊第一直哨戒隊
20.02.--:軍隊区分:第七小隊(171)
20.03.26:横浜〜
〜03.26 1320 (N30.10-E138.30)B-24 1機発見、対空戦闘〜
〜03.26 1359 打方始め〜
二十五粍機銃46、十三粍機銃61発発射〜
〜03.26 1410 打方止め〜
〜03.27 南哨区着〜
〜04.07 0830 (N30.00-E138.30)B-29 24機発見、対空戦闘〜
〜04.07 0840 打方始め〜
二十五粍機銃28、十三粍機銃33発発射〜
〜04.07 0843 打方止め〜
〜04.08 1330 (N31.00-E138.30)B-29 1機発見、対空戦闘〜
〜04.08 1340 打方始め〜
二十五粍機銃61発発射〜
〜04.08 1400 打方止め〜
〜横浜
20.07.28:沈没
20.08.10:特設監視艇隊編制:内令第729号:特設監視艇隊編制を廃止
20.08.10:除籍:内令第730号
20.08.10:解傭
喪失場所:N.-E. 神戸港
喪失原因:米第38機動部隊艦載機による空爆
同型船
第壹海南丸。
兵装
(開戦時)
なし。
(17.07.03)
九二式七粍七単装機銃1基、三八式小銃5挺、拳銃2丁、九五式爆雷改二4個。
(19.03.19)
九三式十三粍単装機銃1基、
九二式七粍七単装機銃1基、三八式小銃5挺、拳銃2丁、九五式爆雷改二4個。
(20.--.--)
九六式二十五粍単装機銃、九三式十三粍単装機銃1基、
三八式小銃5挺、拳銃2丁、九五式爆雷改二4個。
写真資料
要調査
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