第九號輸送艦の艦歴
年 月 日:艦歴
19.05.28:起工
19.07.10:命名:達第222号:第九號輸送艦
19.07.10:類別等級制定:内令第833号:種別:輸送艦、類別:輸送艦、等級:一等、艦型: 第一號型
19.07.15:進水
19.07.15:本籍:内令第866号:佐世保鎮守府
19.08.15:艤装員長:海軍少佐 赤木 毅
19.09.20:竣工
19.09.20:戦時編制:聯合艦隊附属
19.09.20:輸送艦長:海軍少佐 赤木 毅
19.09.25:戦時編制:聯合艦隊第一輸送戦隊
19.09.30:第一小隊三番艦
19.10.17:軍隊区分:聯合艦隊電令第468号:南西方面艦隊
19.10.18:軍隊区分:1輸戦電令作第2号:南西部隊、マニラ進出
19.10.--:佐世保〜マニラ
19.10.23:マニラ〜カガヤン
19.10.25:(多号第一次輸送作戦第一梯団)ミンダナオ島カガヤン〜10.26オルモック
19.10.26:揚陸
19.10.26:オルモック〜10.27マニラ
19.10.29:軍隊区分:機密南西方面部隊命令作第30号:第四船団
19.10.31:(多号第二次輸送作戦第一梯団)マニラ〜11.01オルモック
19.11.01:揚陸
19.11.01:オルモック〜セブ島リロアン〜11.02オルモック
19.11.02:揚陸
19.11.02:オルモック〜
19.11.03:GKF電令作第726号:第百三十一號輸送艦救難任務
19.11.03:1800 「第百三十一號輸送艦」遭難現場着
便乗中の「第百一號輸送艦」乗員93名移乗
1900 「第百三十一號輸送艦」を横曳き
19.11.03:カラグナン島〜
〜11.05 0505 護衛の驅潜艇2隻解列〜
〜11.05マニラ
19.11.05:0749 「第百三十一號輸送艦」から横付けを離す
19.11.08:(多号第四次輸送作戦第二梯団)マニラ〜
〜11.09オルモック
19.11.10:オルモック〜
〜11.10 ---- 爆沈した陸軍徴傭船「香椎丸」の人員救助〜、
〜11.10 1440 人員救助完了
〜11.11マニラ
19.11.13:軍隊区分:南西方面部隊電令作第747号:護送部隊
19.11.24:(多号第五次輸送作戦第二梯団)マニラ〜11.24マリンドケ島バラナカン湾
19.11.25:(N13.25-E121.55)バラナカン湾にて米航空母艦Intrepid(CV-11)艦載機による空爆で損傷
〜11.26マニラ
19.11.30:(多号第七次輸送作戦第四悌団)マニラ〜12.02イビル
19.12.03:揚陸完了
19.12.03:イビル〜12.04マニラ
19.12.09:(多号第九次輸送作戦)マニラ〜セブ12.12〜12.13マニラ
19.12.19:南西部隊信令第13号:12.21 1600サンフェルナンド入港予定の間宮より
一〇三需長指定物件を搭載マニラ帰投
19.12.20:マニラ〜
〜12.20 1715 イパの270度8浬にて機関故障、航行不能
〜12.20 2106 「第百三十號輸送艦」が曳航、イバに向う〜
〜12.21 0325 機械復旧、曳航を止めサンフェルナンドに向う〜
〜12.21サンフェルナンド
19.12.22:サンフェルナンド〜12.23マニラ
19.12.24:マニラ〜12.25サンフェルナンド
19.12.27:サンフェルナンド〜
〜12.27(N15.57-E119.41)雷撃を受けるが回避、爆雷投射7個〜
〜12.28マニラ
20.01.--:マニラ〜香港〜01.16佐世保〜呉
20.01.--:整備
20.02.--:呉〜02.21横須賀
20.03.17:横須賀〜八丈島
20.03.29:一般徴傭船「上總丸」乗員29名便乗
20.03.29:三宅島〜03.30横浜
20.04.01:戦時編制:大海幕機密第608号ノ224:聯合艦隊附属
20.04.25:輸送艦長:海軍少佐 小松 孝
20.05.29:横須賀〜自差修正〜05.29横須賀
20.05.--:人員31名乗艦、大発2隻、機銃弾、高角砲弾薬その他兵器治療品食料等計300m3、170t搭載
20.05.30:横須賀〜
〜05.30 1204 対空戦闘:B-24 1機に対し高角砲発射〜
〜05.30神湊
20.05.30:神湊〜
〜05.30 2335 主給水タンク故障のため反転、横須賀に向う〜
〜05.31 0127 対空戦闘:機銃発射〜
〜05.31横須賀
20.06.02:横須賀〜06.02八丈島洞輪沢
20.06.02:洞輪沢〜2250 時化により反転〜06.02洞輪沢
20.06.03:対空戦闘
20.06.03:洞輪沢〜06.03神湊
20.06.03:0733 抜錨漂泊
1150 対空戦闘:高角砲発射
20.06.03:神湊〜
〜06.04 0820 鳥島東方240km附近にてB-29 1機と交戦〜
〜06.04 2310 大発2隻降下〜
〜06.04二見
20.06.05:0115 母島行便乗者31名退艦、人員301名乗艦
0125 第一補給艙揚塔終了、航空燃料搭載開始
0135 第二補給艙揚塔終了
0220 搭載中止
20.06.05:二見〜
〜06.05 0258 爆雷9個威嚇投射〜
〜06.05対潜戦闘〜
〜06.05 0417 B-24 1機と対空戦闘〜
〜06.05 1046 B-29と対空戦闘:高角砲発射〜
〜06.05 1103 B-29及びP-51と対空戦闘:機銃発射〜
〜06.05 1105 第二補給艙に噴進弾1発命中〜
〜06.05 1108 高角砲被弾により旋回不能〜
〜06.06横須賀
20.06.10:戦時編制:聯合艦隊第二輸送隊
20.06.10:内令第523号:第二輸送隊所属
20.--.--:横須賀〜八丈島〜父島〜07.29横須賀
20.08.--:佐伯向け海龍搭載
20.08.12:横須賀〜佐伯〜08.15呉
20.08.15:残存
20.08.26:内令第749号:第一豫備輸送艦
20.09.15:除籍:(機密第091753番電にて予定)
20.10.07:浦賀〜10.11グアム10.12〜10.13トラック10.14〜10.19浦賀
20.10.17:輸送艦長:海軍大尉 八巻 悌次
20.10.20:浦賀にて修理(11.07まで)
20.11.30:浦賀〜12.03グアム12.03〜12.05トラック12.06〜12.13浦賀
20.12.01:入籍:内令第6号:特別輸送艦、横須賀地方復員局所管
20.12.18:浦賀にて修理(01.21まで)
20.12.20:内令第12号:「輸第九號」と呼称
21.01.31:浦賀〜02.05グアム02.05〜02.14浦賀
21.02.14:浦賀〜02.20パラオ02.20〜02.25グアム02.25〜03.02沖縄03.03〜03.06佐世保
21.03.15:修理(04.04まで)
21.04.01:類別等級削除:軍令第1号(自然消滅)
21.04.19:浦賀〜04.28ラバウル04.28〜05.01グアム05.01〜05.10浦賀
21.05.22:浦賀にて修理(06.17まで)
21.06.21:鹿児島〜06.22呉淞06.24〜06.26上海06.26〜06.29佐世保
21.09.05:復二第230号:特別保管艦に指定(07.26付)、横須賀地方復員局所管
22.04.26:艦長:復員事務官 本田 幸人(兼務)
22.08.05:艦長:復員事務官:中垣 善幸
22.09.07:艦長:復員事務官 谷口 俊雄
22.11.28:除籍:復二第858号
同型艦
第一號、第二號、第三號、第四號、第五號、第六號、第七號、第八號、第十號、
第十一號、第十二號、第十三號、第十四號、第十五號、第十六號、第十七號、第十八號、
第十九號、第二十號、第二十一號、第二十二號。
兵装
(計画時)
四十口径八九式十二糎七聯装高角砲1基、九六式二十五粍三聯装機銃3基、同二聯装1基、
同単装4基、九三式探信儀1基、九三式水中聴音機1基、爆雷18個、
須式七十五糎探照燈1基。
(新造時)
四十口径八九式十二糎七聯装高角砲1基、九六式二十五粍三聯装機銃3基、同二聯装1基、
同単装15基、九三式十三粍単装機銃5基、九三式探信儀1基、九三式水中聴音機1基、爆雷18個、
須式七十五糎探照燈1基。
(20.06)
四十口径八九式十二糎七聯装高角砲1基、九六式二十五粍三聯装機銃3基、同二聯装1基、
同単装15基、九三式十三粍単装機銃5基、九三式探信儀1基、九三式水中聴音機1基、
二式爆雷34個、須式七十五糎探照燈、一号三型電波探信儀、二号二型電波探信儀。
写真資料
雑誌「丸Graphic Quarterly」潮書房1974年7月号(P.144-145)
雑誌「丸スペシャル」潮書房 No.50「掃海艇・輸送艦」(P.45-47)
「写真日本海軍全艦艇史」 潟xストセラーズ H06.12 福井静夫(2384-2387)
「海軍第十一巻 小艦艇 特務艦艇 雑役船 特設艦船」誠文図書 S56.09 「海軍」編集委員会(P.35)
「終戦と帝国艦艇」光人社 H23.01 福井静夫(86)
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