河南丸の船歴

 年 月 日:船歴

05.11.05:起工 06.03.20:進水、命名:河南丸 06.05.30:竣工
06.--.--:新規登録:船舶番号:406、信号符字:QCNF、           所有者:大連汽船株式會社、船籍港:大連市、           登録総噸数:3,280、登録純噸数:1,876 06.--.--:大連〜敦賀〜新潟〜伏木〜大連 08.--.--:信号符字変更:JKOA 10.--.--:大連〜新潟 10.--.--:変更登録:登録総噸数:3,292、登録純噸数:1,946 10.04.--:高雄〜清津 15.03.10:無線電信取扱所設置:逓信省告示第783号(03.27附):       名称:河南丸無線カナンマルムセン電信取扱所       位置:日本海汽船株式會社所属汽船河南丸       定繋港:新潟 15.03.10:無線局名:逓信省告示第784号(03.27附):局名:河南丸、呼出符号:JDMO 15.04.10:私設無線電信施設廃止:関東局告示第28号(04.22附)
15.04.--:新規登録:事由:關東州より編入           船舶番号:47029、           所有者:日本海汽船株式會社、船籍港:東京市、           登録総噸数:3,312、登録純噸数:1,990 15.07.22:信号符字點付:逓信省告示第2006号:JDMO 16.--.--:変更登録:登録総噸数:3,310、登録純噸数:1,986 18.07.01:東京市と東京府は廃止され東京都となる
18.11.--:徴傭:船舶運營會 18.12.--:陸軍配當船として運航 19.03.--:陸軍配當船として運航終了 19.04.03:配當船発令:       授受地:大阪       授受年月日:昭和19年4月2日 19.04.--:海軍配當船として運航、呉鎮守府所管 19.04.26:第1次海軍指定船 19.05.01:(竹船団)マニラ〜      〜05.04 1900 一般徴傭船第十二雲海丸」が船団より分離〜      〜05.05タウイタウイ島ボンガオ 19.05.06:ボンガオ〜05.07タラカン 19.05.09:タラカン〜05.11バリクパパン 19.05.13:バリクパパン〜      〜05.13 2200 ラウト沖にて特設砲艦大興丸」とともに船団から分離〜 19.06.21:兵備三機密第558号:海軍配當船一覧表掲載
19.06.21:沈没  --.--.--:解傭
喪失場所:S03.58-E116.35 ラウト島オカオカ東方40km附近 喪失原因:米潜水艦Bluefish(SS-222)の雷撃

同型船

 河北丸

兵装

 要調査。

写真資料

 雑誌「海と空」臨時増刊「日本船舶画報」 海と空社(P.82)
 雑誌「船の科学」船舶技術協会 1983年03月号「日本商船隊の懐古 No.45」山田早苗
 「船舶百年史前篇」有明書房 S32.09 上野喜一郎 (P.144)
 「商船建造の歩み」 S34.08 三菱造船株式会社(P.73)
 「汽船表(別冊冩眞帳)」S13 海軍省軍務局編
 「船舶史稿」船舶部会「横浜」第十六巻(P.53)
 「船舶史稿」船舶部会「横浜」第二十巻(P.140)

前の船へ ← 海軍配當船 → 次の船へ

Homeへ戻る