稻木の艦歴

 年 月 日:艦歴

19.05.15:起工、仮称艦名:第4701號艦 19.09.01:命名:達第288号:「稻木」(イナギ) 19.09.01:類別等級制定:内令第1016号:種別:海防艦、艦型:鵜來型 19.09.01:本籍仮定:内令第1019号:呉鎮守府 19.09.25:進水 19.10.21:艤装員事務所を三井造船株式會社玉野造船所海軍兵舎内に設置し事務を開始 19.10.25:艤装員長:海軍少佐 山田 忠太 19.12.16:竣工、艤装員事務所を撤去 19.12.16:本籍:内令第1359号:呉鎮守府、役務:警備海防艦 19.12.16:海防艦長:海軍少佐 山田 忠太
19.12.16:戦時編制:呉鎮守府部隊呉防備戦隊 20.01.26:戦時編制:大海幕機密第608号ノ185:海上護衛総司令部第一護衛艦隊 20.01.29:呉〜01.29門司 20.01.31:(ヒ95船団護衛)門司〜02.01麗水海口02.01〜02.06老萬山群島02.06〜      〜02.07海南島瑯椰湾02.08〜02.09キノン02.10〜02.10カムラン02.11〜02.14昭南 20.02.22:(ヒ96船団護衛)昭南〜      〜02.27 0030(N11.56-E109.18)海軍配當船あまと丸」被雷沈没、対潜掃蕩〜      〜03.01 1440(N19.56-E108.50)海軍配當船光島丸」被爆小破〜      〜03.02後水湾03.03〜03.03電白湾03.05〜03.05萬山島西方03.06〜03.07厦門03.08〜      〜03.08北開港03.09〜03.10泗礁山 20.03.--:艦隊区分:隊番号:40、艦船番号(4) 20.03.11:(ヒ96船団護衛)泗礁山〜03.12薪智島03.12〜03.12加徳水道03.13〜03.13門司 20.03.14:門司〜03.14呉 20.03.15:呉海軍工廠にて船体兵器機関の修理整備(03.30まで) 20.03.30:軍隊区分:第一護衛艦隊電令作第1号(03.27):AS三部隊第二哨戒部隊 20.03.31:呉〜 20.03.31:2153 部埼灯台の132度8.8浬にて触雷小破 20.04.01:軍隊区分:第一護衛艦隊電令作第20号:第二哨戒部隊より除く
20.04.25:戦時編制:海上護衛総司令部第一護衛艦隊第十二海防隊 20.04.25:海防隊編制:内令第356号:第十二海防隊 20.06.01:軍隊区分:第一護衛艦隊電令作第72号(05.27附):黄海方面護衛部隊 20.06.27:軍隊区分:舞鶴護衛部隊電令作第28号:第四掃蕩隊
20.08.09:沈没 20.08.09:海防艦長:海軍中佐 山田 忠太(戦死) 20.08.25:役務:内令第747号:第一豫備海防艦 20.09.15:除籍:(機密第091757番電にて予定) 21.04.01:類別等級削除:軍令第1号(自然消滅) 22.02.01:二復總第49号:行動不能艦艇、大湊地方復員局所管       所在:青森県八戸港、現状:沈没要引揚
喪失場所:女川沖 喪失原因:英第37・米第38機動部隊艦載機による空爆

同型艦

 鵜來沖繩奄美粟國新南註゚男鹿金輪宇久高根久賀志賀伊王屋久竹生~津保高伊唐生野蔚美室津

兵装

(計画時)
 四十五口径十二糎聯装高角砲A型改三1門、四十五口径十二糎高角砲B型改二1門、
 二十五粍三聯装機銃2基、九六式軽機銃2挺、一四式拳銃25丁、九九式小銃50挺、
 九六式三米測距儀1基、九六式六十六糎測距儀1基、
 九三式水中聴音機1基、九三式探信儀一型1基、須式七十五糎探照燈四型改一1基、
 九四式投射機2基又は仮称三式投射機16基、爆雷装填台三型2基又は地下軌道、
 九五式爆雷120個、
 単艦式大掃海具1組又はなし、水中処分具一型2基。

写真資料

 なし。

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