第百六十八號驅潜特務艇の艦歴
年 月 日:艦歴
18.12.18:起工、仮称艦名:第2018號艦
19.04.05:命名:達第107号:第百六十八號驅潜特務艇
19.04.05:類別等級制定:内令第534号:種別:特務艇、類別:驅潜特務艇、艇型:第一號型
19.04.05:本籍仮定:内令第532号:佐世保鎮守府
19.05.03:進水
19.06.--:米子〜06.13舞鶴
19.07.06:竣工
19.07.06:本籍:内令第823号:佐世保鎮守府
19.07.06:戦時編制:佐世保鎮守府部隊佐世保防備隊
19.07.06:内令第824号:佐世保防備隊所属
20.02.05:佐防機密第051202番電:
1.鹿北六〇九船団九隻、6日0000鹿児島発、1800牛深仮泊、7日0700同発、1800寺島水道仮泊、
8日0600同発、1800唐津仮泊、9日0600唐津発、1600六連着、速力六、五節
2.左に依り直接護衛を実施すべし
第百六十號、第二百三十四號、第九十號驅潜特務艇は野間岬至筑前大島、
第百七十九號、第百六十九號、第二百三十三號驅潜特務艇は野間岬至母子島、
第百六十八號驅潜特務艇、目斗丸、第二號日出丸は高島至筑前大島
20.02.05:佐世保〜哨戒〜
〜02.07 1052 佐防機密第071052番電(小呂島を基点とし0度20浬、90度20浬を以て囲む海面の掃蕩
を実施すべし)〜
〜02.08佐世保
20.02.08:佐世保〜鹿北609船団護衛〜02.10佐世保
20.02.10:佐世保〜哨戒〜
〜02.10 0951 佐防機密第100951番電(1800に至るも敵情を得ざれば掃蕩を止め原配備に復帰せよ)〜
〜02.11佐世保
20.02.14:佐世保〜哨戒〜
〜02.16 1803 佐防機密第161803番電(伊王島沖至山川、第十三高砂丸の直接護衛)〜
〜02.17佐世保
20.02.17:佐世保〜02.20佐世保
20.02.20:佐世保〜哨戒〜02.22佐世保
20.02.25:佐防機密第250921番電:
1.常盤、高榮丸、護衛艦四隻、26日1400佐世保港外発、九州南岸接航、竹島の東側接航南下す、
速力一〇、五節
2.(イ)第二號天山丸、第百六十八號驅潜特務艇は野母埼至阿久根沖
第二百三十四號、第百六十號驅潜特務艇、阿久根沖至坊ノ岬の警戒(第四法別法)に任ずべし
(ロ)発動時刻26日0600
20.02.25:佐世保〜哨戒〜
〜02.26 1802 佐防機密第261802番電(伊王島沖山川沖間、三嘉丸の直接護衛)〜
〜02.28 1834 佐防機密第281834番電(伊王島至山川間、芙蓉丸、甲標的3基の直接護衛)〜
〜03.03佐世保
20.03.15:軍隊区分:九州方面護衛部隊護衛本隊
20.03.17:佐世保〜哨戒〜03.24佐世保
20.03.28:佐世保〜哨戒〜佐世保
20.04.01:佐世保〜
〜04.01 1647 佐防機密第011647番電(第一掃蕩隊小呂島の118度4浬の敵潜を攻撃撃滅せよ)〜
〜04.02 0125 佐防機密第020125番電(掃蕩区域変更:大島灯台の304度9.6浬を基点とし180度15浬、
270度15浬を以て囲む線内)〜
〜04.02 0736 佐防機密第020736番電(編隊掃蕩を実施せよ)〜
〜04.05 0816 佐防機密第050816番電(掃蕩を止め帰投せよ)〜
〜04.05佐世保
20.04.08:佐世保〜
〜04.08 0742 佐防機密第080742番電(大瀬崎の210度35kmに敵味方不明潜水艦針路西、索敵掃蕩せよ)〜
〜04.08 1830 目斗丸機密第081830番電(2030以後大瀬埼205度13浬を基点とし180度25浬、
270度30浬を以て囲む海面の編隊掃蕩)〜
〜04.09 0920 女島の18度15浬にて敵浮上潜水艦と交戦:二十五粍機銃240発発射〜
〜04.09 1738 佐防機密第091738番電(第一掃蕩隊指揮官)〜
〜04.09 1851 168驅特機密第091851番電(掃蕩区域を左の通定む
大瀬埼166度12浬を基点とし180度20浬、270度20浬を以て囲む海面の編隊掃蕩を実施す
各艇は速に大瀬埼の119度5浬の地点に集結せよ)〜
〜04.11 1825 第一掃蕩隊指揮官機密第111825番電(1830編隊掃蕩を開始す)〜
〜04.13 0738 佐防機密第130738番電(掃蕩を止め原配備に復せよ)〜
〜04.14佐世保
20.04.17:佐世保〜哨戒〜04.22佐世保
20.04.25:佐世保〜哨戒〜
〜04.25 0817 佐防機密第250817番電(機雷部隊壱岐水道北機雷堰(二神島壹岐間)敷設時の対潜警戒)〜
〜04.29 2038 佐防機密第292038番電(B区玄一区高崎丸、若宮山丸の前路掃蕩)〜
〜04.30 2309 佐防機密第302309番電(機密第292038番電取止め、A区高榮丸の前路掃蕩)〜
〜05.01佐世保
20.05.04:佐世保〜哨戒〜05.10佐世保
20.05.12:佐世保〜哨戒〜05.18佐世保
20.05.20:佐世保〜哨戒〜05.25佐世保
20.05.28:佐世保〜哨戒〜06.03佐世保
20.06.--:(現在)特務艇長:海軍少尉 鴨川 忠男
20.06.25:佐防機密第250448番電:
1.24日1315魚貫湾に敵潜侵入せり
2.第一掃蕩隊(三峡丸、第十六長運丸、第百五十八號、第百五十四號、第百六十八號驅潜特務艇)
は之を攻撃撃滅すべし
3.掃蕩隊指揮官を三峡丸艇長に指定す
20.06.25:三峡丸機密第250700番電:
佐防機密第250448番電に依り掃蕩区分左の通定む
1.北緯32度至北緯32度40分線東経129度30分以東海面
2.1500現場着編隊掃蕩を行う
3.第百五十四號、第百五十八號驅潜特務艇は本艇現場着迄先任艇指揮の下に敵潜出現地点20浬圏内
を掃蕩すべし
20.06.25:佐世保〜
〜06.26 1456 佐防機密第261456番電(樺島池島間、第二大海丸の直接護衛に任ずべし)〜
〜06.30 1716 佐防機密第301716番電(第二大海丸、長崎入港につき護衛の任務を解く)〜
〜07.07 0902 黒母瀬灯台の105度1.5浬にて大型哨戒機2機発見対空戦闘発令〜
〜07.07 0905 射撃開始〜
〜07.07 0906 一番機銃第一弾倉全弾命中、一番機(PB4Y-2)撃墜〜
〜07.07 0910 二番機に対し一番・二番機銃同時に射撃開始〜
〜07.07 0914 二番機南方に遁走:発射弾数二十五粍機銃229発〜
20.08.15:残存
20.11.30:除籍:第301730番電
20.12.01:入籍:内令第5号:掃海艦、佐世保地方復員局所管
20.12.01:内令第7号:佐世保地方復員局掃海部佐世保支部所属
20.12.20:内令第12号:「驅潜特第百六十八號」と呼称
21.04.01:類別等級削除:軍令第1号(自然消滅)
21.06.15:複二第5号:佐世保掃海部所属
21.07.20:復二第101号:大竹掃海部所属
22.08.01:復二第543号:大竹掃海部所属解除
22.08.01:復二第544号:特別輸送艦、佐世保地方復員局所管、特別保管艦に指定
22.11.24:艦長:復員事務官 小松 宇太郎
24.10.20:船舶の番号制定:海上保安庁告示第36号(24.10.18附):
種別:掃海船、番号:MS 57、船名:(驅特第一六八号)
25.01.31:船長:運輸事務官 川野 勉
25.02.03:電気通信省告示第175号(25.07.07):船舶託送発受所の施設事項変更
名称:MS五七託送発受所、
新定繋港:吉見、旧定繋港:横須賀
25.05.31:船長:運輸事務官 四方 健治
25.07.01:船舶の番号改正:海上保安庁告示第22号(25.08.16附):
船種:掃海船、番号:MS 57、船名:(駆特第一六八号)
25.07.10:電気通信省告示第204号(25.09.02):船舶託送発受所の施設事項変更
名称:MS五七託送発受所、
新定繋港:名古屋、旧定繋港:吉見
26.03.26:日本海機雷捜索隊編成:海上保安庁指令第1号:
区分及び隊番号:二、部隊指揮官:第四管区海上保安本部航路啓開課長、船艇:MS57(四)
26.05.09:日本海機雷捜索隊解隊:海上保安庁指令第2号(26.04.27)
26.12.01:船舶の番号改正:海上保安庁告示第31号(26.12.24附):
船種:掃海船、番号:MS 57、船名:にしきどり
27.08.01:船舶の番号削除:海上保安庁告示第17号(27.08.27附)
27.08.01:保安庁警備隊掃海艇
29.07.01:海上自衛隊掃海艇「にしきどり」(MS-57)
31.04.01:海上自衛隊特務艇「特務6号」(MS-57)
32.03.31:除籍
同型艇
第一號〜第百號、第百五十一號〜第二百五十號。
兵装
(第一號型驅潜特務艇の計画時)
九二式七粍七単装機銃1基、爆雷22個、吊下式水中聴音機1基、軽便探信儀1基。
(20.04現在)
九六式二十五粍単装機銃2基。
写真資料
「写真日本海軍全艦艇史」 潟xストセラーズ H06.12 福井静夫 (2810)
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