東祐丸の船歴

 年 月 日:船歴

15.08.23:起工 17.04.28:進水、命名:東祐丸 17.08.31:竣工
17.3Q :新規登録 17.09.05:登録検査、船級:TK N.S.*、船級番号:1169 17.12.03:(西行第55船団) 17.12.21:(東行第51船団)
17.12.25:徴傭:一般徴傭船(雑用船)、横須賀鎮守府所管、海軍省配属 17.12.25:(西行第82船団)東京〜12.28門司 17.12.29:門司〜12.30舞鶴 18.01.01:特型運貨船搭載装置並に居住施設完成 18.01.02:整備工事完成 18.01.04:運輸機密第042246番電:呉に寄港大発二隻追加搭載の上1月10日呉出港の件 18.01.07:舞鶴〜01.09呉 18.01.08:官房機密第081945番電:       舞需をして在庫の八糎砲一號通常弾改二各三〇発を特別任務中東祐丸、日張丸に貸与せしむべし 18.01.10:呉〜      〜01.10 敷設艇夏島」が護衛〜      〜01.22ラバウル 18.01.25:ラバウル〜01.27ブイン03.08〜03.09ラバウル 18.03.19:ラバウル〜03.21ブイン03.28〜03.29ラバウル 18.04.07:ラバウル〜04.13トラック04.21〜04.24ラバウル 18.05.01:ラバウル〜05.08パラオ05.23〜05.23アンガウル05.25〜05.25パラオ 18.05.31:パラオ〜06.10門司 18.06.12:門司〜06.15函館06.16〜06.17宮古06.21〜06.22浦賀 18.06.24:浦賀船渠にて修理開始 18.07.10:修理完了 18.07.10:浦賀〜07.10横浜 18.07.11:横浜〜07.14室蘭 18.07.16:室蘭〜07.19横須賀 18.07.27:横須賀〜08.04トラック 18.08.13:(第1133船団)トラック〜08.17ラバウル 18.09.17:午前 「伊號第三十八潜水艦」を横付け 18.09.22:ラバウル〜09.30パラオ 18.10.05:パラオ〜10.15神戸10.16〜10.20横須賀10.21〜10.21横浜 18.10.29:横浜〜11.02神戸11.02〜11.03呉11.05〜11.05門司 18.11.06:門司〜11.10高雄 18.11.10:(第777船団)高雄〜11.15リンガエン11.16〜      〜11.16 1415 「第二號哨戒艇」と合同〜      〜11.17マニラ 18.12.28:マニラ〜01.04カウ湾01.09〜01.12コカス湾01.15〜01.17アンボン 19.01.22:アンボン〜01.24コカス湾01.27〜01.29アンボン 19.02.02:アンボン〜02.04ポマラ02.15〜02.16マカッサル02.21〜02.22コタバル02.25〜      〜02.25バリクパパン 19.03.01:バリクパパン〜昭南向け航行〜      〜03.01 0855 触雷損傷、港外に底着 19.03.--:修理(06.15まで) 19.06.16:バリクパパン〜06.22ジャカルタ 19.06.22:入渠修理(12.09まで) 19.12.--:米、砂糖、ドラム缶搭載 19.12.09:ジャカルタ〜12.11パレンバン 19.12.--:石炭搭載 19.12.13:パレンバン〜12.16昭南 19.12.--:ゴム、人員、設営隊資材搭載 19.12.30:昭南〜01.04聖雀 20.01.--:設営隊兵器(二十五粍機銃2、十三粍機銃4、七粍七機銃4)を短艇甲板及び前後甲板に装備 20.01.11:(サタ05船団)聖雀〜海南島楡林向け航行〜      〜01.12 0000 「第百四十九號輸送艦」が船団から分離〜      〜01.12 0710 反転、船団より分離西貢に引返す〜      〜01.12 0815(N10.56-E108.32)ギオ岬13kmにてB-24 1機と対空戦闘〜      〜01.12 0900(N10.53-E108.22)グラマンと対空戦闘:1機撃墜〜          左舷前部に至近弾2、左舷船首に直撃弾2〜      〜01.12 0945 伝馬船1、筏30、短艇2により総員退船
20.01.12:沈没  --.--.--:解傭
喪失場所:N10.50-E108.32 仏印西岸キムタン沖1.5km附近 喪失原因:米第38機動部隊艦載機による空爆

同型船

B型標準船

兵装

 短八糎砲1門、十三粍単装機銃1基、三八式小銃5挺、二式爆雷4個。

写真資料

 要調査

備考

本船の登録上の船名は「東祐丸」であり、改名された記録も見当たりませんが、造船所の社史をはじめ、徴傭船舶名簿や第4回以降の大東亜戦争徴傭船舶行動概見表などいろいろなところで「東裕丸」と書かれており注意が必要です。


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