第一多聞丸の船歴

 年 月 日:船歴

--.--.--:起工 T06.07.--:進水、命名:第二東洋丸 T06.09.--:竣工、船主:澤山汽船株式會社、船籍港:長崎、登録総噸数:3,018、登録純噸数:1,827
T10.--.--:登録総噸数:3,019、登録純噸数:1,824に変更 T13.03.24:高雄〜門司〜名古屋〜04.11横浜 T03.09.09:基隆〜門司〜神戸〜大阪〜名古屋〜09.23横浜 T13.10.25:高雄〜11.06横浜 09.--.--:船籍港:神戸に変更 11.12.03:船主:八馬汽船株式會社、船籍港:西宮に変更 12.01.15:改名:第一多聞丸
16.11.16:徴傭:陸軍 16.11.16:戸畑〜12.17カムラン12.18〜12.22高雄01.05〜横浜
17.02.22:三菱重工業株式會社横浜造船所にて海底電線敷設船に改装着手 17.03.31:工事完了 17.--.--:横浜〜宇品 17.04.18:宇品〜04.18門司港外 17.04.25:六連〜04.30高雄〜05.02馬公 17.05.04:馬公〜      〜05.08 1712 カムラン湾東方約100浬にて陸軍徴傭船撫順丸」被雷〜      〜05.11西貢 17.05.16:西貢〜05.19昭南 17.06.04:昭南・西貢線、昭南・香港線修理工事(06.28まで)      〜06.29昭南 17.07.02:昭南〜ベラワン向け航行〜      〜07.04 0040(N03.23-E099.53)雷撃を受けるが被害なし、船首備砲で応戦〜      〜07.04 0150(N03.28-E099.48)潜水艦より砲撃を受け、右舷三番船艙附近、船尾舵の上部、             士官食堂に被弾、機銃射撃により右舷救命ボートと傳馬船使用不能〜      〜07.04 0410(N03.14-E099.48)チンバンバンク浅瀬の東端に任意坐洲〜      〜07.04 ---- 強力曳船南海丸」来着
17.07.04:放棄 18.04.20:解傭
喪失場所:N03.14-E099.48 タンジュンチラム北東40km附近 喪失原因:英潜水艦 Truant(N.68)の砲撃

同型船

 なし。

兵装

 野砲1門。

写真資料

 雑誌「世界の艦船」海人社 2002年11月号「思い出の日本貨物船その75」
 「日本汽船件名録 第七版」(P.20)
 「日本汽船件名禄 第八版」(P.20)
 「日本汽船件名録 第九版」(P.19)
 「日本汽船件名録 第十版」(P.16)
 「日本汽船件名録 第十一版」(P.15)
 「澤山汽船株式会社七十年史」 S63.08 澤山汽船株式会社(P.13)
 「船舶史稿」船舶部会「横浜」第四巻(P.34)
 「船舶史稿」船舶部会「横浜」第二十三巻(P.23)
 小樽市博物館所蔵(54-6,82-15,95-7)

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