第一號黄浦丸の船歴

 年 月 日:船歴

M--.--.--:起工 M39.--.--:進水、命名:Bremen M--.--.--:竣工
M--.--.--:新規登録:所有者:Norddeutscher Lloyd、船籍港:上海(独)、           登録総噸数:273、登録純噸数:53、           登録長:140.0呎、登録幅:25.0呎、登録深:12.0呎 T05.--.--:変更登録:登録純噸数:57 T12.--.--:LR1923-24から抹消
T15.--.--:国籍変更:改名:Scot I、船舶番号:151752、           所有者:Shanghai Tug & Lighter Co., Ltd.、船籍港:上海(英)           登録総噸数:273、登録純噸数:104、           登録長:140.0呎、登録幅:25.0呎、登録深:12.0呎 15.--.--:変更登録:登録総噸数:274
16.12.08:拿捕
拿捕場所:上海港 拿捕原因:第二拿捕及警戒隊指揮官による
17.03.23:官房機密第3460号:整備訓令 17.03.28:佐世保捕獲審検所審検公告 17.04.10:海軍省軍務局機密第540番電:特設掃海艇「第一號黄浦丸」、佐世保鎮守府所管に予定 17.06.12:官房機密第7254号:訓令:兵器供給:30瓩発煙筺5個、発煙浮筺用浮嚢3個 17.06.20:佐世保捕獲審検所事件番号第317号判決「捕獲」
17.06.30:入籍:内令第1160号:特設掃海艇、佐世保鎮守府所管 17.06.30:内令第1161号:支那方面艦隊所属 17.06.30:戦時編制:支那方面艦隊 17.上期 :信号符字點付:JLAR 17.07.18:軍隊区分:上海方面部隊電令第220号:上海方面部隊第六警戒隊 17.09.20:第一工作部にて艤装工事完了 17.09.24:上海〜普陀山 17.10.03:普陀山〜10.03中街山列島 17.10.03:「りすぼん丸」船員収容 17.10.03:中街山列島〜10.04上海10.25〜11.07上海 17.11.17:上海〜沈没した艀(350t)の所在調査 17.12.09:特設掃海艇第二號黄浦丸」と衝突、 左舷1番ビーム水線上169cmに径10cmの破孔、左舷錨切断脱落、任務続行 17.12.13:六警電令第79号:掃海任務終了      〜12.15上海 17.12.29:上海〜01.13上海 18.01.16:上海〜01.30上海02.01〜02.13上海02.17〜03.04上海03.13〜03.27上海 18.04.01:上海〜04.25上海04.29〜泗礁山 18.05.02:泗礁山〜「暁天丸」触雷現場付近を掃海〜      〜05.24上海 18.05.28:上海〜 18.05.29:特設掃海艇「第二號黄浦丸」と共に「高見山丸」を横抱き曳航準備〜      2245 「高見山丸」全没〜 18.05.30:特設砲艦豊國丸」及び雑役船「第二呉」と共に「筥崎丸」を曳航〜      〜05.30呉淞 18.05.30:呉淞〜05.30上海 18.06.01:上海〜06.20花鳥山北側〜掃海〜06.23上海 18.06.27:上海〜07.11上海07.21〜08.10上海 18.08.17:呉淞〜08.18上海08.21〜      〜09.02特設砲艦豊國丸」と共に撃沈潜水艦調査(天候不良により09.04から作業開始)〜      〜09.13対潜掃蕩〜   〜09.25上海09.29〜10.17呉淞 18.11.05:上海〜12.06上海12.10〜01.06上海01.10〜 19.01.25:機密第251456番電:横沙付近の警備、「飛鳥」指揮官の指揮下(02.06まで)      〜02.06上海 19.02.--:楊樹浦船渠にて聴音機装備、缶営横装置工事実施 19.03.06:上海〜03.10上海 19.03.18:上海〜04.23上海 19.04.30:上海〜哨区〜      〜05.15 タ505船団護衛〜      〜05.17 哨区〜      〜05.24上海 19.05.28:上海〜哨区〜      〜05.29 敵潜掃蕩〜      〜06.01 哨区〜      〜06.04 敵潜掃蕩〜      〜06.06 哨区〜      〜06.11上海 19.06.21:上海〜哨区〜      〜06.23 対空見張並に遭難機救助作業〜      〜07.05 敵潜掃蕩〜      〜07.09 哨区〜      〜07.26江南 19.07.27:機密CSF(附)命令第228号:湯澤第一海軍工作部長に命令:       艦橋上に十三粍単装機銃1基装備(七粍七機銃2基は艦橋上に装備)後部機銃座(機関室屋上)       を改造補強し二十五粍二聯装機銃装備可能とし臨時に十三粍二聯装機銃を其の所に装備す 20.03.31:花島山沖遭難船「厚利」の救助に向かう〜04.01余山 20.04.01:(現在)掃海艇長:海軍少尉 原田 経秋 20.04.01:余山〜04.01馬蹟山04.03〜04.03四礁山04.05〜 20.04.05:N31.58-E123.04にて遭難した遭難機の救助に向かう〜04.06四礁山 20.04.07:石炭搭載 20.04.09:「華南丸」から清水補給 20.04.12:四礁山〜04.12呉淞04.13〜04.13江南 20.04.14:江南造船所にて修理、機雷敷設軌条、九三式十三粍単装機銃1基新設工事開始 20.04.15:対空戦闘 20.04.19:生糧品搭載 20.04.28:生糧品搭載・対空戦闘 20.04.30:出渠・石炭搭載 20.05.01:生糧品搭載 20.05.02:江南〜05.02江南 20.05.03:生糧品搭載 20.05.06:江南〜05.06上海:炭水・生糧品搭載・機雷満載の運貨船を曳航 20.05.07:上海〜05.07呉淞05.07〜05.07余山05.08〜05.08黄龍山05.09〜05.09定海 20.05.09:定海〜05.09定海 20.05.11:定海〜05.11定海:機雷32個搭載 20.05.12:定海〜三番線に13個、四番線に9個、05.13七番線に10個機雷敷設〜05.13定海 20.05.13:機雷34個搭載 20.05.14:定海〜05.14下三星05.15〜 20.05.15:六番線に10個、五番線に9個、八番線に6個、九番線に9個機雷敷設〜05.16六衢山 20.05.16:生糧品搭載 20.05.16:六衢山〜05.16長白山 20.05.17:機雷30個搭載 20.05.18:定海〜05.18定海:炭水補給 20.05.19:対空戦闘 20.05.22:対空戦闘・清水搭載 20.05.23:定海〜05.23定海 20.05.23:機雷30個搭載 20.05.23:定海〜二十一番線に30個機雷敷設〜05.23秀山05.24〜05.24定海 20.05.24:機雷30個搭載 20.05.24:定海〜05.24定海 20.05.25:定海〜05.25長白山 20.05.25:生糧品搭載 20.05.25:長白山〜十九番線に30個機雷敷設〜05.25余山05.26〜05.26長白山 20.05.26:機雷30個搭載 20.05.26:長白山〜二十番線に30個機雷敷設〜05.26秀山05.27〜05.27定海 20.05.28:炭水補給 20.05.29:生糧品搭載 20.05.30:機雷25個搭載 20.05.30:定海〜十六番線に25個機雷敷設〜05.30佛肚水道05.31〜05.31定海 20.05.31:機雷25個搭載 20.05.31:定海〜十七番線に25個機雷敷設〜05.31定海 20.06.01:定海〜06.01定海 20.06.03:定海〜06.03四礁山06.03〜06.03黄龍山06.06〜06.06四礁山06.06〜06.06長白山 20.06.06:機雷25個搭載 20.06.07:長白山〜二十三番線に25個機雷敷設〜06.07長白山:生糧品・石炭搭載 20.06.08:長白山〜06.08定海 20.06.10:機雷25個搭載 20.06.10:定海〜06.10岱山北側06.11〜二十六番線に25個機雷敷設〜06.11黄龍山 20.06.13:黄龍山〜06.13黄龍山:機雷搭載 20.06.13:黄龍山〜二十八番線に29個機雷敷設〜06.13北鼎新06.14〜06.14上海 20.06.15:生糧品搭載 20.06.15:上海〜06.15江南 20.06.15:錨鎖並びに軌道修理 20.06.19:弾薬・生糧品搭載 20.06.22:擬機雷50缶搭載 20.06.23:江南〜06.23上海 20.06.24:上海〜06.24石炭・生糧品搭載、擬機雷200缶陸揚06.24〜06.24東旺沙 20.06.25:東旺沙〜06.25馬蹟山 20.06.25:機雷搭載 20.06.25:馬蹟山〜十番線・十一番線に各11個(うち各3個は擬機雷)敷設〜06.26上海 20.06.26:石炭・清水補給、九六式二十五粍単装機銃1基増備 20.06.27:生糧品搭載 20.06.28:上海〜06.28上海 20.06.29:(機雷満載の運貨船を曳航)上海〜06.29馬蹟山 20.06.30:馬蹟山〜06.30馬蹟山 20.06.30:機雷30個搭載 20.06.30:馬蹟山〜対空戦闘〜
20.08.15:残存 22.05.03:除籍:復二第327号

同型船

 なし。

兵装

 九六式二十五粍単装機銃3基、九三式十三粍単装機銃1基、九二式七粍七単装機銃2基、
 三八式小銃5挺、伊式小銃5挺、一番型拳銃1丁、
 軽便探信儀1基、簡易式水中聴音機1基。

(S20.04.14)
 九三式十三粍単装機銃1基増備。

(S20.06.27)
 九六式二十五粍単装機銃1基増備。

(S20.08.31現在-JACAR:C08010875900)
 九六式二十五粍単装機銃4基、九三式十三粍単装機銃2基、九二式七粍七単装機銃2基、
 三八式小銃5挺、伊式小銃5挺、一番型拳銃1丁、
 軽便探信儀1基、簡易式水中聴音機1基。

写真資料

 "Die Seeschiffe des Norddeutschen Lloyd, Band 1: 1857 bis 1919" Kiehlers 1991 Arnord Kludas(P.165)
 "NORDDEUTSCHER LLOYD, BREMEN 1857-1970 Vol. II" Cordillera Publishing Company 1995 Edwin Drechsel T
 "SOLD EAST" H.W. Dick & S.A. Kentwell 1991 Nautical Association of Australia Inc. (P.277)
 http://vm.rdb.nthu.edu.tw/cwm/ming/2208.html(閉鎖)
 "Norsk Maritimt Museum", Identifier: NSM.14637
 "The Far Eastern Review 1910.1"(P.12) 

備考

  1. 本船の読みを「おううらまる」とする文献もあり、元の船名からすれば個人的にはこちらを採用したいところですが、「徴傭船舶名簿」や「特設艦船五十音表」「旧海軍恩給年加算調書」で「こ」の部に記載されていることから、本サイトでは「こうほまる」の方を採用しております。
  2. 「写真日本海軍全艦艇史」 潟xストセラーズ H06.12 の写真 (3008)が「第一號黄浦丸」とされておりますが、「第二號黄浦丸」の誤りと思われます。
  3. "Bremen"から"Scot I"に至る経緯は不明で本サイトでは中国海軍の「利通」と推定しておりますが確固たる根拠はありませんす。
  4. 昭和20年2月25日米潜水艦Flasher(SS-531)の雷撃によりN20.21-E111.19 海南島景心角東方40Km付近にて沈没とする文献がありますが、「旧海軍恩給年加算調書」では昭和20年9月2日終期と記載されており、また、実際、昭和20年4月から6月の戦時日誌が現存しますので、少なくとも、これによって最終的な喪失とはなっておりません。

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